300年の系譜
1750年(寛延3年)の創業から今日までの歩み。
水と300年
1750年(寛延3年)、信州高遠で代々酒造業を営んでいた北原家より分家した初代・北原伊兵衛が白州の水に惚れこみ、甲州街道台ヶ原の地で酒造業を開始したのが七賢の始まりです。以来300年間、一貫して地の水をいかした酒造りを行っています。「七賢」の名の由来は、1835年(天保6年)、母屋の竣工祝に、高遠城主・内藤駿河守から「竹林の七賢人」の欄間一対をいただいたことにあり、その欄間は今もなお文化財として母屋に残っています。
七賢は明治天皇とのご縁もある酒蔵です。1880年(明治13年)、明治天皇の山梨・三重・京都御巡幸に際し、母屋の奥座敷が宿泊施設「行在所」に指定されました。さらに2020年から、毎年11月23日に明治神宮で行われる新嘗祭に、正式な白酒として七賢が御奉納しています。きっかけは明治天皇が即位された際の新嘗祭(大嘗祭)において、山梨県甲府市と千葉県鴨川市の二ヶ所の田んぼが選ばれたこと。御鎮座百周年を迎える2020年に、改めてその田で採れた米で白酒を醸すプロジェクトが立ち上がり、奉納に至りました。
幾重ものご縁に恵まれながら、七賢は日本酒を醸し続けています。

1750年
寛延三年
初代蔵元 北原伊兵衛が、信州高遠で代々酒造業を営んでいた北原家より分家。白州の水の良さに惚れ込んで、甲州街道台ヶ原の地で酒造業を始める。

1835年
天保六年
五代蔵元 北原伊兵衛延重が、母屋新築の際にかねて御用を勤めていた高遠城主内藤駿河守より、竣工祝に「竹林の七賢人」(諏訪の宮大工、立川専四郎富種)の欄間一対を頂戴する。これが現在の酒名「七賢」の由来となる。

1880年
明治十三年
明治天皇の山梨県・三重県・京都府御巡幸に際し、母屋の奥座敷が行在所(あんざいしょ)に指定される。その際、六代蔵元北原延世が一夜侍従を勤め、御礼に「白羽二重(白絹織物2反)」、「金五拾円」が下賜された。

1925年
大正十四年
十代蔵元 北原庫三郎が、法人「山梨銘醸株式会社」を創立、初代社長として積極経営を続け、県下最大の業績を得るに至る。

1933年
昭和八年
明治天皇の行在所としてお使いいただいた母屋奥座敷が文部省(現文部科学省)の史蹟に指定される。

1967年
昭和四十二年
十一代蔵元北原新次が、オンリーワンを目指して、醸造蔵「誠和蔵」を新築。醸造技術の向上と品質向上に寄与する。

1980年
昭和五十五年
十二代蔵元 北原兵庫が、瓶詰工場および製品倉庫を新築。山梨銘醸の現体制を確立する。

1982年
昭和五十七年
普通酒を廃止し、全製品を特定名称酒へ変更。

1999年
平成十一年
農業法人(有) 大中屋を設立。地元農家と生産者グループを結成して、自ら質の高い原料米の栽培を始める。

2000年
平成十二年
直営レストラン「臺眠(ダイミン)」を開業。地元食材を利用した旬の献立を用意して、日本酒と食の新たな提案を行っている。

2014年
平成二十六年
七賢ブランド戦略を導入。品質に相応しい商品の顔として、ラベルデザイン、商品ラインナップを一新した。

2015年
平成二十七年
新たな可能性を目指し開発に5年をかけた、壜内二次発酵スパークリング日本酒「山ノ霞」発売。2016年「星ノ輝」、2017年「杜ノ奏」と3種類が揃う。

2018年
平成三十年
北原対馬が代表取締役社長に就任。

2021年
令和三年
七賢創業家の北原家に伝わる書画・美術品、古文書など、貴重な資料を展示するスペースとして、米の貯蔵庫だった蔵を改装し、2021年6月、伝奏蔵がオープンいたしました。酒造りの歩みとともに刻まれてきた歴史と文化の息吹を、「伝え奏でる場所」として、長く親しんでいただきたいという願いをこめて、「伝奏蔵」と名付けました。年4回、3ヶ月クールでテーマを替えて展示替えをしています。

2022年
令和四年
日本酒製造における使用電力を100%再生可能エネルギーに転換し、年間CO2排出量約510トンの削減を実現。

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